~吉野ケ里遺跡群 この歴史文化と自然美を未来につなぐために~

吉野ヶ里遺跡は、およそ700年続いた弥生時代(紀元前4世紀から紀元3世紀頃)の生活の跡を残す国内最大規模の環濠集落跡であり、一つの農業集落が地域の中心的集落へと発展していく姿を残しています。 また、吉野ヶ里遺跡は、大陸文化との繋がり、日本の「クニ」の誕生過程、さらには、『魏志倭人伝』に登場する卑弥呼が治めていた倭の都があった邪馬台国の謎を解明するための重要な遺跡です。

吉野ケ里遺跡の周辺には、日本で最も初期の水田遺構が確認されている菜畑遺跡、彩な副葬品が発掘された三津永田遺跡・二塚山遺跡をはじめ、長崎県、福岡県にも弥生遺跡が存在し、日本の古代国家(大和政権)成立前夜を具体的に示す歴史遺産として、世界文化遺産に登録するのが望ましいように考えます。



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吉野ケ里遺跡全面保存会
会長からのご挨拶

 
会長 久保浩洋 (くぼひろみ)  
佐賀大学名誉教授
浄土真宗明善寺前住職

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吉野ケ里遺跡に想いを馳せて

太田記代子:小児科医
      元佐賀県保健所長
      元県会議員

後世へ伝えたい平和の遺跡。
今、改めて吉野ケ里遺跡について考えてみたいと思います。

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吉野ケ里遺跡の概要

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徐福伝説

徐福は、不老不死の仙薬を求め、秦始皇帝の命により東海の三神山(蓬莱、方丈、瀛州(えいしゅう))を目指して船団で出航したとされる方士です。

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徐福と吉野ケ里
― 徐福上陸伝説の地、…… ―


徐福さんは本当に素晴らしい方でいらしたと想像します。我非常敬愛徐福です。

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吉野ケ里はこうして残った

工事中
今、しばらくお待ちください。

連絡先

団体名:吉野ケ里遺跡全面保存会
会 長:久保 浩洋(ひろみ)
住 所:〒840-0826
    佐賀市白山2丁目1番12号
    佐賀商工ビル7階
    佐賀市民活動プラザ内 No.135

メール:ysngrforsekaiisan@gmail.com
           
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